2006年06月16日

何の数だか知らんが「百」

 まったく偶然でした、ええ。昨日職場で明日の高3の授業用にと思って手にしたセンター試験対策パックの問題。なんていうか、国語教師って実は本屋と同じくらい幸せな仕事かもとか思います(まあくらぽーは英語も頼まれれば数学も歴史も生物もなんですが)。

 なんだかものすごくびっくりした。主人公はたぶん団塊世代のおじさんで、つまり親の世代なのに、なんでこんなに共感できるのか不思議だった。これは人間の性質が世代を超えて共通するものがあるってことなんでしょうね。

 しかも、たぶん小説家、もしくはなんらかの物を作るクリエイターなんて決して老成してはいけない、茨木のり子が言ったみたいに外は牡蠣のように殻があっても、いつまでも内面は思春期のようなナイーブ・不安定な感性を保ち続けなければいけない宿命があるんでしょう。

 どうしても少年のままおじさんになってしまった男のどこか哀しい、乾いた独白です。一冊まるごと読んでないので、とりあえず記録だけしておいて後で探してみます。どうせ今から仕事で返さないといけないし。

 しかし、やっぱり試験問題になる文章は名文が多いね…。


記憶に残る一言:
「一瞬の惑乱の中で、関係のない気持が混在していたろうが、どちらもその片々は記憶しておらず、全体が持つ大きな特長に片寄らせて思っている。」

「私は夜も星もけじめのつかない、夜昼ばかりでなく自分の主体というものにもけじめを失ったまま、浮遊するように生きている。五十年の間、あれこれやってきたことは、ただ伸びひろがって拡散していくばかりで、少しもまとまりがつかない。」

「自分には他人に強制できる権利などないと思っている。けれども、唯々諾々として他人に従がっていることはできない。(略)私の土地を他人に蹂躙はさせない。」

「何があっても私は父親の思うような人間にはならない。たしかに劣等ではあろうが、優等と劣等は本来別系統なので、私のごく個人的な誇りは、お前等にはどうにもならんのだ。(略)ここがさらに煮詰まれば私も死ぬし父親も殺す。父親が早晩死ぬはずの存在だと思いながら、まんざら冗談でもなく殺意も併せ持っていたのはこの点に関してである。」

「父親は、いつまでたっても、死なない。死ぬことを願っているわけではないし、死ななくていっこうにかまわないが、それにしても、死なない。(略)手順や意味などで括って、人生はこういうものだ、などという甘い決着を私が持つことを許さない。偶然であれ、内容がどうであれ、父親の一生はまだ途上で、今生きている以上、果てなく生きると思うほかはない。」

 (作者:色川武大・いろかわたけひろ)


posted by くらぽー at 14:21| Comment(0) | TrackBack(1) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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