2006年10月10日

歌がつなぐ記憶「八重子のハミング」

 これを読んでしばらく経ってしまいましたが、やはりとても印象に残る作品でした。「老いと病気をどう向き合うか」、現代の大テーマの一つですね。「現代の『智恵子抄』」と帯には書かれていましたが、まあかなり影響というか意識して書かれているような気もします。なんせ著者は国語の教師だった人だし、若い頃「心酔」していたそうですので、多分にそのようなヒロイズム、ロマンチシズムが至るところに透けて見えることもあります。

 でも、始めに出会ったのはTVの「アンビリーバボー」だったんですよね。そのドキュメントドラマが良くて、キングと観てたんですけど、キングには共感できる部分が強かったみたいです。

 『智恵子抄』というのはご存知の通り突然奥さんが精神を病んで「人間界の切符を持たない」ようになる高村光太郎の実話です。確かにくらぽーも高校の時読んで、感動してしまった記憶があります。特に覚えているのは「東京には空が無いと智恵子は言う」って行でした。言葉少なにしたためられる詩篇に、深い愛を感じます。それに比べてこちらはいささか饒舌な気もしますが、病状記録もかねているのでまあしょうがないですね。で、こちらの奥さんはマダラボケという状況から始まって、アルツハイマーだと診断されます。

 発病のきっかけとなるのがご主人本人のガン発病でした。「お父さんが死んじゃう」ということを口にしていたそうですから、奥さんにはそのことが相当のストレスだったのでしょう。考えてみると、キングの病状も原因は火事とそれに至るまでのストレスだったように思います。

 で、奥さんの変化がつづられていきます。花が好きだった彼女は、家にもよく飾っていました。子どもに帰っていくにつれ、道端の草や花を摘んで家中に飾ります。それが、次第にただじっと座って遠くを見つめる事が多くなり、楽しげに歌っていたかと思うと声を荒げ、持っている物を投げ捨てるようになる。廊下に座り込んで孫たちの絵本をめくり、意味不明の言葉を本と交わし、人形と話す妻。このあまりの変貌にどうしていいかわからなくなる旦那さん。「何よりつらいのは、突然泣き出したり、黙って一点を見つめている時」だと書いています。これは赤ちゃんにもよく見られることだと思いますが、旦那さんは奥さんのことをいろいろ想像してしまうのです。

「妻は本当に幸せだったんだろうか。夢は何だったのだろうか。やりたかったこと、行きたかったところはどこだったのだろうか。妻の思いや願いごとを聞いて、一度でもかなえてやったことがあっただろうか。妻の気持ちに気を配って、その夢の実現に手を貸してやったことがあっただろうか。(略)妻の存在をどのように捉えてきたのだろうか。妻の身になって考えてやったことがあるだろうか」

 実に苦しい自省ですが、時すでに遅しというかなんというか…。こういうことは大体の男性はこういう事態になってやっと思い当たるようで…。そして夫婦の絆も試されるってことですか。

「最後まで妻の記憶に残るものは、いちばん身近に生きている私だろうか、それとも歌だろうか」

 奥さんは歌の好きな人で、アルツハイマーになっても歌だけは忘れませんでした。奥さんは、おむつなどの着替えを手伝う旦那さんを攻撃します。それでも叩かれながらぎゅうっと抱きしめたとき、叩くのをやめた彼女の心には何があったのか。

 そして旦那さんは一つの結論に至ります。「妻は、家族や友人、知人に別れの言葉を告げることなくして、精神寿命を終えてしまったのだ」と。しかしそれではあまりにも悲しい。一つの映画が気持ちを少し前向きにしてくれる。『ユキエ』という、アルツハイマーを扱った映画。「悲しんではいけない、この病気は、家族にゆっくりとしたお別れを与えてくれたんだ」と思い直すことに。

 そしてすべてを家族に打ち明け、一緒に生きていくことを選択します。幼い孫たちもその気持ちを理解してくれます。「ババは赤ちゃんになる病気で、薬はマーちゃん(孫)の胸の中にあるんよ。とっても優しい薬よ」と彼女なりの病気への理解は、シンプルでありながらとても本質的なことだと思います。

 さらに、この旦那さんは結構な不良中年だったらしく、ネオン街でのストレス発散なんかもやっちゃいます。病識と息抜き、この二つが介護の現場には不可欠ですよね、やっぱり。でも若い頃からそんなことして奥さんを心配させてたんじゃないかと思ったりもしますが…。

 やっぱり映画化してほしいなと思った。『ユキエ』観たことないからわからないけど。でも『午後の遺言状』みたいに年配の人も観れる映画が少ないしね。『私の頭の中の消しゴム』は若い人向けだし。寺尾聰主演でいいんじゃないでしょうか。奥さんは誰かな。市原悦子とか?で、若い頃を回想シーンで入れる。萩原聖人と永作博美で。余計な説明とか極力なしで、セリフもほとんどなくて、あの着替えの抱きしめるシーンをやってほしい。のどかな瀬戸内の風景とか入れながら。あ、でも山口だから関門海峡かな?加藤治子・草村礼子・吉行和子や緒方拳・夏八木勲・原田芳雄・橋爪功・山崎努・藤田まことなんかでもいいかも。

 また、章ごとに入っている短歌はよかったです。「ゆっくりと別れの時を待ちつつも 永遠にあれかし 君が玉の緒」もよかったけど、やっぱり一番好きなのは「生きてこそ君とまみゆる日々のあり 君と生きゆく日々はありけり」。夫婦ってこれに尽きるなと思いました。キングもクイーンのことを頑張って面倒みようとしてますけど、それまでがそれまでの二人だったから、うまく行くか少し心配です。


posted by くらぽー at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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