2007年08月06日

周辺というキーワード『異文化トレーニング』

にぶち当たった。前からどうも気になっていた。コミュニケーション論では、ある文化と他の文化のどちらにも属さないもののこと。タイトルは購読テキストの一つで、講義終わっても読んでいた本です。


 なんとなく自分の立ち位置を把握出来た感じ。

 acculturation(文化変容、他文化を身に付けていくこと)の過程の中で、大別すると4つに分かれるとBerryという人が論じていた。これをコミュニ論の先生に、ある国に移住した4人家族を例に説明してもらった。
 一つは統合integration。その国の企業で業績を出し同僚ともうまく付き合い、一方同郷のコミュニティーでも役員みたいなことをしている父。
  次に同化assimilation。現地の学校に入り友達は現地人が多くほとんど母国語を話さない娘。
 それから分離separation。専業主婦で母国語を話し同郷の人とは付き合えるが移住先には溶け込めない母。
 最後に周辺化marginalization。現地の学校では外国人だからといじめられ勉強も追いつかず、母国文化さえ馴染めない息子。他の例を出すなら『ポーの一族』のエドガーはどうだろう。吸血鬼に嫌悪感を持ちながら人間にも戻れない。そういえば萩尾望都も『マージナル』って漫画描いてたよね。

 くらぽーもなかなか人間に混じれないので、たまに井戸にずっといた方が良かったのだろうかとまだ思うことがある。周りと比べてどうして人並みになれないダメ人間なのかと自分を責める時がある。
 昔はさらに井戸の狭さを憎んだ。そこから出られない自分も嫌だった。だけどランボーのように、15の時にはここから飛び出してやるのだと気持ちだけはいっちょまえだった。

 今だって、周辺の一つの形態・非コミュなわけだし。
 でも非コミュも、コミュニケーション取りたいのに上手く取れないジレンマに苦しむ人と、取れないことにさえ気づいていない、という線引きは確実にあるわけで。

 周辺を救う方法はあるのだろうか?非コミュを論じる人たちには既に、非コミュというのは既にコミュニケーション不全が当たり前の状態なので、一般社会の少数派のように連帯は無理であるとされていた。

 となるとやはり、まず自分たちが周辺とカテゴライズされることを疑わなければならないんじゃないか。

 自分のアイデンティティをどこにも属さない一つの新しいジャンルにしてしまうこと。ある意味での自分中心主義であると。そうすれば僻む必要はない。最近女子にも「私というブランド」なんて言葉が広まっているが。
 とすると、非コミュの中でジレンマを抱えた人はだいぶ楽になるんじゃないだろうか。まず考え方をシフトするのが課題だけど。
 あっちが主流とか思わなきゃいいんであってさ。それがどうしたんや、わしはわしじゃ、みたいな、うん。ランボーだって当時の詩人の中ではやっぱりカテゴリーしにくいし、その後の人生もちょっと独特。
 だからと言って自分が主流だと言っていいわけではない。他の人にはなるべく迷惑をかけないように、相手も自分も楽しめる関係を持つ。


 この考え方は友人から学んだ、自分が楽になる考え方、っていうのと最初から自分の個性を出しといた方が付き合う人間を選ばなくて済むって話、もう一つこの本にあったwin-winの考え方を取り入れたもの。
 まあ価値観も多様化してるハズ?の現代社会で先程の4つのタイプ分けは時代遅れ(7年前のだし!)かもしれないけど、もしかしたら逆に深い所で進行してるのかも。学校なんて特にさ、いろんなグループあるけど一人なんてグループじゃなくて孤立っていうんじゃん。

 基本的には高校を卒業して、いろんなグループと繋がりを持つことが出来るようになって初めて自分というジャンルが確立出来るのかも。少なくとも自分はそう。だからもう学校時代は戻りたくないな。
 そういえば、そんな友達もいた。いろんなコミュニティーに顔を出して、友達がいっぱい?いた。でも基本的には一人の人だった。そりゃいろんなとこ行くのに誰かと一緒なんて大変だし。普通ならあの人はどこら辺の人と仲良いよね、とか言えるのがその子については言えない。オイラの知らないグループとも付き合ってたし。


 だから、自分のことを他人にカテゴライズされることにまずNoと言おう。最近お気に入りのAvril Lavigneにもこんな歌詞があった。

Like it or not even though she's a lot like me
We're not the same

 友達だって、まるっきり似たタイプなんていない。波長が合うってことなんだ。オタクだって、鉄道オタクとアニメオタクの話が合うだろうか。でもオタク系の性格?らしき物は存在するなぁ。だからこれも自分がオタク性格だと自他ともに認める人と、気づいていない人に分かれるのかもね。
 ちなみにくらぽーは、オタクっぽい気はするけど何のオタクなのかさっぱりわからない。だからやっぱり、“くらぽー”はオリジナルなブランド(笑)だと思いたいわけです。

 芸能界でやっぱり独自路線を編み出した真鍋かをりとは同い年だし仲良くなれそうな気がするけどなぁ。しょこたんはアイドルだからちょっと違うかな。漫画家にもなれるアイドルなんて妬ましい限りだけど。サトエリは微妙。でも性格的には一番近そう…。



 ・・・だからなんで現実世界で物を考えんのんや!


posted by くらぽー at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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