2008年03月19日

『世界の終わりという名の雑貨店』

 なんつうか、中二病。麗しい言葉で埋め尽くされたラブレター。これに比べれば『世界の中心で愛を叫ぶ』とかどうでもいいです。(読んでもないけど)
 京都が舞台になっているせいか、すぐ近くで起こりそうな感じ。四条河原町とか、木屋町なんて、もしかしたらすれ違うくらいしてたかも…?と思うくらい。
 とにかくストーリーは陳腐で感性に頼りがちで独り善がりなところもあるけど、びっくりしたのは、服を着ることに存在価値を見出す世界がある、ということを初めて納得させてくれたのです。
 Vivienne Westwoodは、あまりよく知らなくて、ゴスロリというのも実際よくわかってなかったと思うんですが、言うなれば、コスプレではなく、本当に、「矜持」、あるいは「生まれながらの」孤独な「戦士」のみが着ることを許される「甲冑」というイメージがVivienne Westwoodにできました。

 少女の言葉にいちいち共感してしまうのは、そういう風に書いているからなのでしょうが、ちょっとカタルシスもあるような、そしてまた大槻ケンヂの『くるぐる使い』が読みたくなるような、そんな本でした。

 だって、ここでもやっぱり男は勝手で、「臆病で狡猾」なんです。僕の一人称ですべてが語られている辺り、叙述のトリックとも言えそう。本当に愛はあったのか?

 まあ、解説に述べられているように、「引き裂かれた魂の双子の再会」というのがずっとこの作家の主題のようです。『スプートニク〜』でくらぽーが展開した話に似てるかも。それは同じく表題作『ミシン』にもありました。でもここでやはり興味深いのは、「人生とは片割れとしてのもう一人の自分を探すための、飽くなき自己同一化の旅」であり、「恋愛とは詰まるところ自己愛であり、自意識の問題へと還元される」ということならば、いつも相手が最後には死ぬので、自己同一化はそこで完遂されているのか、それともまたさらなる分身を求めて放浪を続けるのか・・・。主人公は多分半身を失って壊れかけているようですが。


 ちなみにこれ、映画化されています。女の子は高橋マリ子。大学時代の友達に好きな子がいましたね。観てはないですが過激な描写のとこはどうしたんだろうな?

「いっそ、君は世界を恨めばよかったのです。君を傷つけ、笑う者達を呪えばよかったのです。」

「『二十世紀は野蛮な時代よ。』と。『昔の人のほうがずっと傲慢だわ。知的で洗練されたスノビズムという点において。今の時代はちっとも文明的じゃないし、趣味が悪い。操作された精神の時代といえる。』」(Vivienne Westwood本人の発言らしい)

「必死な諧謔は諧謔になりません。軽やかであればこそ、諧謔は諧謔として成立するのです。」

「僕達は同じ色をした、同じ質量の魂を有しているのです。(略)それは心とは別のものなのです。心が間違っても魂は間違わない。(略)もしかすると、魂とは絵の具のような性質をしているものなのかもしれません。僕と君は最初、同じ魂を持ってはいなかったのかもしれない。しかし、出逢った瞬間、それはパレットの中で混ざり合い、同じものになってしまう。(略)それならば他に同じものがないことも納得できます。(略)私を正確に理解してくれただけで充分なのだと、いつか君は僕に答えましたね。(略)同じ魂を持ったとしても救いきれぬ孤独を、僕はどうすればよかったのでしょう。」

「『私が何をやっても、私の手の中には何も残りませんでした。何かやれば、恥ずかしさと自己嫌悪だけが私の心を満たすのです』
(略)
 『何かを主張することは、私にとって罪悪でした。今だってそうです。私は寡黙に、世界の隅にいる権利しか有してはいませんでした。』」

「『彼女は君にとって欲望の捌け口でしかなかった。ダッチワイフに名前はいらない』」

「その時、私は決心したのです。(略)雪が降っているのを見て、それを貴方に伝えたいと思った。その気持ちだけで逃避行をする理由になるのです。」

「人魚姫の声を奪ったのは、魔法使いの配慮だったのかもしれません。言葉がなくとも互いの心を交感させることが出来るなら、それは真実の愛。そうでなければ、泡沫の愛。(略)皆、嘘ばかりつきます。というよりも、的外れなことばかり、口にするのです。(略)心の奥に閉じ込めたものは、閉じ込めるだけの理由があって、閉じ込めているのであって、それをあからさまにするくらいなら、病気のままで(略)死んでしまうのなら、それも仕方がないと、私は思うのです。」

「貴方と私の間には違和感が、ないのです。(略)理解なんて必要、ない。歩み寄り、妥協することも必要、ない。貴方にだって私は、本当の自分、あるがままの自分を見せはしません。貴方だってきっと、私に自分のそんなものは見せないでしょう。そんなものを見せあわなくても、二人はとびきり仲良しなのです。(略)実は青髭のような殺人鬼であっても、私は貴方に嫌悪感を持たないと思います。非難はするかもしれない。でも多分、そう解ったとしても私は貴方をちっとも恐いとは思わないでしょう。」

「先のことは考えられない、何とかなるだろうという態度は、一見豪毅に見えます。しかしそれは単に優柔不断、自分で未来を決定するのが恐いという無責任で臆病な態度に他ならないのです。(略)君が永遠という題目を前にした時、その重圧に耐えきれず破壊を選んでしまったように、僕は(略)見て見ぬ振りを決め込もうとした。」

「これを持ってさえいれば、どんなに臆病であろうと、人は常に自爆せず人生を遣り過ごせるのです。」

「愛というものや恋というものが如何なるものなのか、臆病と狡猾に二股をかける僕に解ろう筈がありません。(略)臆病な僕は本当のことを何も知りません。僕が真実だと思っていることは、全て巧妙な嘘なのです。しかし今、君に雪が降っていることを話したいことだけは、きっときっと事実です。」


posted by くらぽー at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。