2008年04月11日

いつかの笑い話に『ウェイトレス』他

 この映画でとても印象に残った台詞が、

「人生は時々悪戯をする」。

 確かに生きていると、たまたま一緒に観た月がすごい満月で、めちゃめちゃロマンチックだったり、二人の鼓動が全くシンクロしたり、なんて奇跡が起こったりします(なんて見てきたようなことを言いますが、この記事は実際こっちをエイプリルフールに載せようかと迷った話ですので)。


 くらぽーは非常に焦っていた。何しろ生理がこなかったのだ。この一ヶ月、ピルを飲み忘れてしまったため、マリア受胎もかくやと思われる非常事態になってしまった。(注:そもそもピルを飲み忘れたから妊娠するわけではない…!)父親のいない子になってしまったらどうしようと思いながら友人と映画館に行く。それは全く他人事とは思えない話だった。

 で、結局生理きたんだけどね(笑)。4/1の時点で書いてほんとに来なかったら笑いごとにはできなかったから。

 望まない妊娠。しかも人生の再出発を狙っているこの期に及んで。主人公はお金もない、そんな美人でも若くもない、ただパイを作るのが天才的にうまい、それだけ。しかし妊娠で彼女の計画は台無し。まず、田舎なので堕胎できない。
 とにかく街を出る資金を得ようとパイのコンテストに出ようとするが、結婚後DV男に豹変した(そんなにひどくは描かれてなかったけど)夫には止められる上、ヘソクリまで見つかってしまう。「オレのために家にいればいいんだよ」と言う今時古風?な男。妻には生活費としてのお金しか渡さない。服を買うにもお小遣いをもらわないといけない。働いているのは彼女の意志だろうが、田舎町のウェイトレスという仕事柄、そんなに稼げるわけでもないらしい。

 そしてこともあろうに、主人公が検診先の病院で担当医師と恋に落ちてしまう。唐突にも思えたけど、いきなりこちらから襲いかかる(笑)ときめきにでも飢えてたのかなーと思っていたら後で、「最初は××が目的だったの」と日記に暴露してしまう(モノローグは日記かららしい)あたり、アメリカはここまで女性が積極的なのか?

 ともあれ担当医とは次第に心を通わせ(順番が…)、本当の恋人らしくなっていく。しかも相手も指輪をしてたので、なんか実は勘違いというオチがあってハッピーエンドかと期待していたが、どうもそうはならない方向に行っていた。
 子どもに対しても愛情が持てない。離婚する夫の子どもの上、邪魔な存在としか思えない。繰返し現れる悪ガキに手を焼くお母さん。確かに悪魔だ!なんだこのどんづまり感!友達にプレゼントされた赤ちゃん日記にもすべての感情があけすけなくらい書かれている、もうすでに自分用の日記になっているw(そういう一種の自己カウンセリングだったのかなー)
 でも、子どもが生まれた瞬間、人生が一変する、というのが映像で表現されていた。夫も恋人も、遠くの景色のように霞んでしまう。すごいオーバーだと思ったけど、この映画は女性が監督で、実体験が元らしいからそうなのかな。(でもそういう実体験だからって押し付けてくる人間がいるのも事実)

 母は強し、とは言ったもので、今まで忍従していた夫にもハッキリ離婚宣言、結局奥さんとは別れられそうもない恋人(しかも奥さん研修医だから出産時に立ち会うし!)にも別れを告げて、パイコンテストに出て自分のお店も持つ、という見事なまでのアメリカ的ストーリーになっていた。
 「夫が最後の恋人だと思っていた…」なんて甘いこと言ってる日本の昼ドラと一線を画すのは事実。恋するのは本能だけど、自分の人生をそんなもので棒に振るわけにはいかないのだ、ということか。

 友人は「ダンナが一番かわいそうじゃない?」と言っていたが、セックスも相手の意思とか無視だし妊娠がわかると子ども返りして『子どもよりオレを一番にしろ』とか言ってる時点で引くし、暴力はもうダメだな。
 実際に見たわけじゃないけど、充分に愛情を受けてなかったのも台詞から伺えるように、とてもキングの若い頃を彷彿とさせた。
 「(このままで)親が泣くか(子どもを置いて出て)子が泣くか」しか選択肢がなかったわけじゃないはずなのに、クイーンはなんでもっと子どもと自分のことを考えなかったんだろう。そうすれば、2人も失わずに済んだかもしれないのに。生き残ったのは父親そっくりだし。
 主人公の娘が、父親に似ずに健やかに育つのを願うばかり。

 ガミガミ言うばかりの雇い主が次第に人間らしい顔を見せ始めたり(なかなか味のある俳優さんだとその時気づいた)、登場人物も奥が深い。主人公の友人(認知症の夫の介護をしながら、知人のダンナでもある雇い主とつきあっている)の言葉もなんとなく印象に残る。

「恋人がいるっていいわよ。孤独を忘れられるし、(あとは忘れたけど人生に張りが出る、みたいなこと)」

 過ちも笑い飛ばせるようになればそのうち奥行きになるのか?女性の本音が詰まった映画でもあることは確か。



 もう一本はウディ・アレンの映画。初めて見たけど、洒脱なブラックコメディの巨匠?もさすがにおじいさんになっていた。ウディ・アレンは典型的ないじめられっ子(しかものび太でなくスネ夫)な感じがした。年を取ると誰でも妄執がひどくなるのか、ユダヤ人がヒトラーに排斥された理由も少しわかるような逆差別的な台詞があった。よくあんなの上映できるな。
 ヒュー・ジャックマンは相変わらずノーブルな男前で、ウディ・アレンの新しいミューズ、スカーレット・ヨハンソンもちょっと“ミス・ピギー”っぽかったけどプロポーションには見とれてしまった。ダイアン・キートンのが良かったのは言うまでもないけど(笑)


posted by くらぽー at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。